| 車名 | グレード | 色 | 年式 | 距離 | |
| 1 | ロードスター | RS RHT | パール | H20 | 20,000Km以内 |
| 2 | ロードスター | VS | シルバー | H21 | 15,000Km以内 |
| 3 | ロードスター | VS RHT | イエロー | H21 | 25,000Km以内 |
| 4 | ロードスター | RS | ガンメタ | H18 | 30,000Km以内 |
| 5 | ロードスター | ターボ | ホワイト | H16 | 50,000Km以内 |
| 6 | ロードスター | M | コン | H14 | 60,000Km以内 |
| 7 | ロードスター | SP | ブルー | H14 | 80,000Km以内 |
| 8 | ロードスター | NR-A | ホワイト | H14 | 50,000Km以内 |
| 9 | ロードスター | マツダスピード | ブルー | H13 | 70,000Km以内 |
| 10 | ロードスター | Sパッケージ | ブラック | H11 | 50,000Km以内 |
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バブル期のマツダ・5チャンネル戦略の一環として設立されたEunos(ユーノス)店専売モデルの初段として ユーノス・ロードスター の名で1989年8月に先行予約を開始、同年9月1日に発売された(北米での発売はそれより早く同年5月)。国内では予約会で半年以上のバックオーダーを抱えるほどの人気を博し、一時は月産台数がスポーツカーとしては異例の8,000台近くになるほどだった。マツダ社内での人気も高く、マツダ本社がある広島では本社敷地内で予約会が開かれたのだが、徹夜組もいた順番待ちの列の中には私費でこの車を買い求めようとするマツダ社員も多くいたという。 後に、販売チャンネルであったユーノス店がバブル崩壊に伴うマツダの経営戦略見直しにより1996年4月1日をもって消滅したため、販売チャンネルはマツダアンフィニ店に移った。それでも名称は「ユーノス・ロードスター」のままで販売された。
1998年1月には初のフルモデルチェンジを受け、国内の販売名称をマツダ・ロードスターと変更した。
2005年には、完全にプラットフォームを一新したNC型が登場し、新たに電動格納式ハードトップを備えるなど、装備面においても進化を遂げた。
日本国外ではマツダ・MX-5 (Mazda MX-5) の名称で販売されている。なお、北米では2代目までマツダ・MX-5ミアータ (Mazda MX-5 Miata) と呼ばれていた。欧州ではNAをMark1、NBをMark2と呼称する場合が多い。
発売当時、小型のオープン2シータースポーツというカテゴリーは市場からほぼ死滅状態であった。1970年代から自動車に対する消費者の嗜好が快適性重視に変わっていったことや、年々厳しくなる北米の衝突安全基準をクリアできなかったことなどがその理由である。しかし、マツダはその間、北米を中心とした度重なる市場調査によって潜在需要が非常に期待できることを掴んでおり(計画自体何度もお蔵入りの危機に遭っていたが、最終的にこの調査結果があったので発売できた)、自動車業界の冷ややかな予測に反し、発売後瞬く間に世界中で大反響を呼んだ。
ユーノス・ロードスター以降に発売されたオープン2シーター
メルセデス・ベンツ SLKクラス
BMW・Z3
ロータス・エリーゼ
ポルシェ・ボクスター
アルファロメオ・スパイダー
フィアット・バルケッタ
MG・MGF
日産・フェアレディZ(コンバーチブル、ロードスター)
ホンダ・S2000
ホンダ・ビート
トヨタ・MR-S
ダイハツ・コペン
スズキ・カプチーノ
ポンティアック・ソルスティス
サターン・スカイ/オペル・GT
スマート・ロードスター
このヒットにより、欧州の主要メーカーが同種の車を次々とリリースするきっかけとなった。その中には、かつて同様のスポーツカーを発売していた懐かしいブランドMGも含まれていた。 一般的にこれらの車はユーノスロードスターと同列に語られることが多いが、相違点は数多い。軽量コンパクトで、ダブルウィッシュボーン式サスペンションを備えたFRレイアウトを持つロードスターに対し、全ての条件で拮抗する対抗馬は皆無である。同種の車の多くは乗用車のコンポーネンツをベースに開発されているため、設計に多くの制約を受けるためである。
ロードスターはギネスブックにも登録されるほどのヒットを記録したが、後にこのカテゴリの車の多くは大型化し、大柄で大排気量のエンジンを採用した、利益率の高いプレミアム志向へとシフトすることとなる。これは、ロードスターの特異性と共に、ライトウェイトスポーツカーとして唯一の存在であることを示していると言える。
かつてのライトウェイトスポーツカーの名門ロータスが、「我々の作ろうと思っている車が間違いではないと証明してくれた」と語ったとされ、本場とされたイギリスのメーカーを唸らせるほどその完成度は非常に高かった。生産技術の優秀さや性能に対する低コストぶりなど、技術面ばかりが評価されることの多かった日本車において、車造りの「思想」という面で世界に多大な影響を与えた稀有な存在である。
2000年には生産累計53万1890台を達成し、「世界で最も多く生産された2人乗り小型オープンスポーツカー」としてギネスブックに認定を受けた。また2004年には、生産累計が70万台の大台を達成したとして再度ギネスブックに申請。2007年1月30日には80万台を達成し、三たびギネスへの申請を行なっている。
道路渋滞が多い現代の日本では、新車で販売される自動車のトランスミッションはほぼ100%がATであるが、この車はその性格故にMT車が圧倒的に多かった。初代では実に8-9割、2代目も6割強がMT車である。しかし、3代目からATが6速化され、また代を経るに従って高年齢層のオーナーが増えたことなどもあり、現在の販売では逆転している。
第2次世界大戦後の1960年代に、ライトウェイトスポーツカーという手軽に運転を楽しめるクルマが生まれ、黄金期を作った。軽量小型の車体に、ごく普通のセダンに使われているようなエンジンを積み、そのエンジン性能を一杯に引き出しながら、軽快な操縦性を楽しむ――そんなクルマを「ライトウェイトスポーツカー」と呼んで、ヨーロッパの人々は日々の生活のなかで運転を謳歌した。
70年代に入ると、世界最大の規模を持つアメリカ市場で、クルマの安全基準と排ガス規制が厳しさを増し、強化されていった。ライトウェイトスポーツカーの多くが屋根のないオープンカーであり、衝突安全を確保するため、衝撃吸収能力を高めた大きなバンパーを取り付けたり、車体を頑丈に作ったりすることで車両重量は重くなり、また、排ガス規制を達成することと引き換えにエンジンは馬力を落としたりした。軽さが何より売り物の、ライトウェイトスポーツカーにとって受難の時代となった。こうして人々のライトウェイトスポーツカーへの期待も薄れ、ライトウェイトスポーツカーそのものが姿を消していくのであった。
マツダのエンジニアたちの胸に、数の減ってしまった「ライトウェイトスポーツカー」への夢が芽生えだしたのは80年代前半のことであった。初代〈ロードスター〉の開発責任者を務めたエンジニアが、「マツダには、他社とは違う独自の商品が必要だ」と確信し、経営陣を熱心に説いて回ったことにはじまる。
一方、すでに述べたようにライトウェイトスポーツカーの市場は実質上消えたも同然で、果たして市場で受け入れられるのかどうか、定かではなかった。それでもエンジニアの情熱は抑えきることができず、新たな一歩を踏み出すべく、開発部内で企画が着々と進行していったのであった。
■駆動方式の選択肢は3つ
企画段階のアイディアは多彩で、駆動方式については、FR(フロントエンジン・リアドライブ)、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)、ミッドシップなどが候補に挙がり、車体はオープンか、クーペか…デザインスケッチを前に白熱の論議が展開された。
まず、駆動方式である。60年代に誕生したころのライトウェイトスポーツカーは、エンジンを車体の前に置き、後輪で駆動するFRが主流だった。しかし、70年代以降、乗用車の生産は多くがFFへ移行している。エンジンと駆動方式の組み合わせを考えれば、ライトウェイトスポーツカーといえども、FF駆動方式を流用するのが手っ取り早い。そして現に、エンジンを車体中央に置き、後輪を駆動するミッドシップも小型スポーツカーとして登場していた。これは、FFのエンジン/駆動系統をそのまま流用できるからだ。
開発と製造のコストを考えれば、小型FF車の車体をスポーツカーに換装する考え方や、少なくともエンジンと駆動部分はFF乗用車のものを流用し、車体をミッドシップとするなどが、有利であると考えられた。もちろんそれによって、販売価格を抑えることもでき、ライトウェイトスポーツカーの市場を再び開拓する際の利点となるであろう。
しかし、ライトウェイトスポーツカーにふさわしい、軽快で素直な運転感覚は、FRでなければ得にくいはずだ。ただしFRは、駆動系統を新たに開発しなければならなくなり、そのための投資が必要になるが、エンジニアたちの結論は、ライトウェイトスポーツカーの理想を追求する道を選んだのであった。
オープンカーの車体で、FRの駆動方式を決定したとき、エンジニアたちはこのライトウェイトスポーツカーが目指すべき楽しさを「人馬一体」という言葉で共有化した。以来、「人馬一体」の言葉は、今日に至るまで〈ロードスター〉を象徴するキーワードとして受け継がれている。
マツダのライトウェイトスポーツカーである〈ロードスター〉は、60年代のものをコピーしたのではない。日本から世界へ発信するクルマである。そして、「人馬一体」の言葉で、日本文化の真髄を籠めようとしていた。
必要のないものは極力そぎ落とし、クルマの本質を磨き上げていく。そのためには、エンジンの馬力が大きい方がいいとか、装備も色々あったほうがいいというような考えは排除し、肥大化を抑えた。コストはぎりぎりまで切り詰めるが、だからといって「人馬一体」の境地を極めるため、必要とあれば思い切った設計をためらうことはなかった。
たとえば、ボンネットフードにアルミを用いることで、重心を下げ、操縦安定性と運転操作の的確さを向上させた。排気には、鋳鉄製に替えてステンレス製のパイプを使い、排ガスの流れを理想に近づけた。スポーツカーだから他のクルマとは違うべきだという、明確な意思がこめられていた。
1970年代を境に、ライトウェイトスポーツカーの存在をあやうくさせた安全性能の追求は、〈ロードスター〉の開発においても、ライトウェイトスポーツカーの命である軽量化を保持しながら達成すべき大きな課題であった。時代を経て、ライトウェイトスポーツカー復活に威力を発揮したのは、コンピュータ解析技術の発達であった。また、〈ロードスター〉の開発責任者を務めたエンジニアが、車体設計の専門家であったのも偶然ではなかった。最新のコンピュータ解析を駆使し、今日求められる安全性を十分に充たした、軽量で高剛性の車体を設計することができたのである。
雨の多い日本では、それまで屋根を幌に頼るクルマは極めて少数派であったが、手動で開閉を行う幌をあえて採用したのは、「人馬一体」の走りにこだわった上で、割り切りの判断であった。また、2+2の4人乗りを加えず、2人乗りに割り切ったのも、小型軽量というライトウェイトスポーツカーの真髄にこだわったためだ。このように、「こだわるためにそぎ落とす」という決断をしていったのであった。
■ダイレクトなドライブフィールの追求
エンジンは、あえてターボチャージャーなどの過給は使わず、自然吸気(NA:ナチュラル・アスピレーション)の1,600cc直列4気筒DOHC4バルブを選び、その一本に絞った。「人馬一体」の楽しさを使えるのは、人を驚かせる大馬力や、先進的な制御装置の採用ではなかった。
一方で、エンジン内部の機械損失や摩擦抵抗などは極力低減し、アクセル操作に素直に反応し、回転の限界まで滑らかに吹け上がる壮快さを味わえるエンジンに仕立てていった。
シフトチェンジにおいては、的確な操作感覚を実現するため、トランスミッションとデファレンシャルを結合する『パワープラントフレーム』を装備した。これによる剛性感の向上は確かで、その後の〈ロードスター〉の進化においても欠くことのできない重要な技術要素となっている。
サスペンションには、潜在能力の高さを求め、4輪ダブルウィッシュボーン式を採用した。スポーツカーである以上、この選択をゆずるつもりは開発陣にさらさらなかった。エンジニアたちの「人馬一体」への強いこだわりは、ここでも発揮されたのであった。
スポーツカーの魅力として欠くことのできないデザインは、アメリカ・カリフォルニア州にあるマツダの開発拠点、Mazda North America(MANA)ではじまった。そして1986年1月に日本の開発部門へ移行することが決まり、夏にはほぼ完成形に近いクレイモデルとともに、舞台を広島へ遷した。
しかし実は、この時期が〈ロードスター〉誕生の行方を左右する分岐点でもあった。すなわち、この時点でもライトウェイトスポーツカーの市場性について、疑問視する声が残っていたからだ。そこで、デザインが絞り込まれたこともあり、実物大となる1/1のプラスチックボディの試作を87年4月にアメリカへ持ち込み、クルマに関心の高い一般ユーザーによるグループインタビューを行った。すると、220人中57人が「発売されたらぜひ買いたい」と回答したのであった。世界最大の自動車市場であるアメリカで行った聞き取り調査は、大きな影響力を持っていた。
こうして難局を乗り越え、5ヶ月後にはデザインが最終的な決定を見た。それから2年後の89年春に、まずアメリカで市販が開始されたあと、同年9月に日本での発売がはじまったのであった。そして、人と車を結びつけるエモーションを持った車が久しく日本にはない中、<ロードスター>はデビューと同時に誰も予想しなかった売れ行きを見せた。
〈ロードスター〉の人気は、単にマツダだけの話にとどまらず、他の自動車メーカーからのオープンスポーツカー誕生の呼び水ともなり、70年代を境に一度は消えたライトウェイトスポーツカーを、90年代に復活させたといっていい。ライトウェイトスポーツカーの持つ本質的な魅力は普遍であることを〈ロードスター〉は世界に証明して見せたのであった。それを支えたのは、エンジニアの情熱と、自動車技術の発展であった。
■世にも幸せなクルマ
〈ロードスター〉は、自動車エンジニアの純粋な情熱が注ぎ込まれたライトウェイトスポーツカーである。デビュー以来世界中の人々に愛され、生産累計が531,890台(1989年4月〜1999年10月末時点)で2000年5月に2人乗りのオープンスポーツカーとしてギネスに登録されることによって、世界でもっとも多くの台数を売ったオープンスポーツカーとしても記憶される一台となった。なおも販売台数は増え続け、2007年1月には生産累計800,000台に達し、ギネス記録を更新している。
そして今日も、3代目へと「人馬一体」の精神は受け継がれている。
「ごく限られたスポーツカーだけが持つスピリットの強さこそが、今日のロードスターを創りあげた」
その精神に裏付けられ、3代目は誕生したのであった。
マツダの〈ロードスター〉は、世にも幸せなクルマである。
トヨタ アルテッツァ| トヨタ チェイサーツアラーV| トヨタ MR2| トヨタ MR-S| トヨタ スープラ| トヨタ セリカ| トヨタ マークU| ホンダ シビック タイプR| ホンダ インテグラ タイプR| ホンダ S2000|ホンダ NSX |日産 GT-R| 日産 スカイライン GTR| 日産 フェアレディZ| 日産 シルビア| 日産 180SX| スバル インプレッサ WRX STI| スバル レガシィB4| スバル レガシィツーリングワゴン| スバル フォレスター| マツダ RX-7| マツダ RX-8| マツダ ロードスター| 三菱 ランサーエボリューション| 三菱 GTO| スズキ スイフト RS|
投稿者:N.Y様
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満足度 5.0
自分の想像していた金額の倍近くの金額に驚きと感動です!本当にありがとうございました。
投稿者:K.M様
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満足度 5.0
一番感心したのは、約束の時間の10分前に必ず一報いただけたことです。当たり前の事ですが、ほとんどの会社が出来ておりません。
投稿者:M.N様
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満足度 5.0
詳しく査定価格を説明していただき、説得力があり満足しています。 車両の引き取りの方もすごく対応がよく気持ち良く最後の愛車を見届けることが出来ました。
投稿者:T.Y様
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満足度 5.0
本日は希望価格で買い取りいただきありがとうございました。
投稿者:N.T様
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満足度 5.0
売りたい値段より高く買い取りしてくれたのでかなり満足しました。今後また車を売るときはソッキン王さんに頼みたいです。
お客様のロードスターを店舗にて直接査定します。短時間で確実な査定ができますので、是非店舗へお越しください。
店舗住所
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神奈川県横浜市都筑区勝田南2-18-7
TEL : 0120-301-645
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